2023年11月19日日曜日

日下ともよ 30歳 こども2人

神奈川の湘南の砂浜に建てられた小屋の中の相撲場

毎週 火曜日と木曜日は女たちの殺気と活気が
満ち溢れる
ここはママさん相撲の強豪クラブ
湘南相撲クラブの練習場だ

女たちが見つめる土俵の片隅で
ともよは
相手の女と裸に白い廻し1枚の姿で組み合う
相手の女の身体からくる
女の体温と肢体の感触と圧力を感じながら

右手は相手の女の廻しをつかみ
左手は相手の女の右手
廻しの後ろ側を掴みあって力を込めて

身体と身体を密着させて押し合う


その前の日の昼過ぎ
ともよがママさん相撲クラブの練習のために
カバンの中に練習用のふんどしなどを詰めていた

カバンの中を見ると
先週までの大きな大会の神奈川県大会のことが
頭に浮かんだ

クラブ内の選考大会や
選考のための個人大会の結果で今回も
Aチームには入れずBチームだったという
悔しさ
そして
Bチームなので
明日はAチームのサポートが主になるだろうと
思うところもあるが

それでも
Bチームの主将として副将の
犬塚くみこと協力し
5人制団体戦に4人で挑んで準々決勝まで勝ち上がったこと
くみこと面倒を見た若い2人も順調に成長し

みんな
個人戦成績も
自己最高を更新したこと

そんな充実した思い出が頭の中に浮かんだ

なにより
Aチームのライバルチームと目される
川崎クラブを
あと一歩まで追い詰めたのは
良い思い出だ

きっと
あの健闘のお陰で
次の対戦で当たったAチームは
川崎クラブに勝てたのだと思う。

それでも
Aチームに対する下克上の思いを
個人戦でも団体戦でも果たせなかったことは
心残りに思い

Aチームが優勝チームとして表彰される表彰式を
内心悔しく思いながら見ていた

そして
一通り荷物を組み終わると

スマートフォンが鳴った
クラブの監督も兼ねる石黒富子から
明日はふんどしの他に廻しも用意して来て欲しいという
LINEが来ていた

こんな全国大会前に
選考試合?
たぶん
全国大会前の実践的な予行練習なのかな
不思議に思いながらも

廻しもカバンに詰めて

迎えた翌日

ふんどしではなく
廻しを締めこんで

集合時間頃に
富子のところにむかった


こないだ神奈川県大会で優勝を決めた
団体戦Aチームメンバーの場合全国大会の実践練習のために
廻しを指定されたのかと
ともよは思っていた

Aチームメンバーは全国大会で着用する神奈川県代表専用の青まわし姿で
Bチームメンバーはひとみとわかなの若い2人だけがふんどし姿

先週までBチームで共に力を合わせて戦った
いぬつか犬塚くみこだけが白い廻し姿だった

そして
小屋の中の長いベンチの
青まわし姿の石黒富子の座る横には
神奈川県代表だけに着用が許される
青い廻しが真新しい状態で置いてあった

すぐに
富子から
くみこと一緒に呼ばれた

ともよもくみこも
内容は勘づいていた

「Aチームのね、たかこが
妊娠してることがわかってね
、ここから1年ほど
おやすみすることになったの
代わりのAチームメンバーを
くみこかともよかどちらかということで
選考試合をやらせてもらおうと思ったんだけど
2人ともどうかなと思って」
富子は
探るように煽るように2人に言った

2人はすこし考え

「やります」
「やりたいです」

くみことともよは
ほぼ同じタイミングで答えた

それから
練習の始めに富子が全員を集め
「先日Aチームの優勝に貢献してくれた久根たかこさんがめでたくご懐妊されました。
それに伴い、国からクラブに補助金が入ることになりました。
でもAチームは全国大会前にメンバーが1人足りなくなるので
Bチームで頑張ってくれていた
犬塚さんと日下さんに
Aチーム入りを掛けた試合をしてもらおうと思います
勝った人がAチームに入るということで
皆さん、異議ありませんでしょうか」
問いかけると
クラブメンバーは承認を意味する
拍手で
賛成の意志を示した

そして
取り組みが始まった
主審役にでAチームキャプテンの
山崎はるみが就き
富子はベンチで見守る

はるみの合図で
ともよとくるみは土俵中央で
互いにぶちかましあって

ともよは
共にBチームを担った
くるみとの対決を悲しむかのように


はげしく張り手を撃ち合い始めた

本当はBチームが優勝して
くるみとは
一緒に喜びあって
全国大会に行きたかった

それでも
1か月前のAチームBチーム振り分けのクラブ内の練習や選考試合では
ライバル同士だった

限りなく全国への確率の高いAチームに入って
全国に出場し
より実力を磨いて
より高みを目指したいと
この9人の中で競い合ってきた

そして
チームの振り分けが終わってからは
Aチームが優先される、
限られた練度環境の中で
知恵を出し合い
力を合わせて4人で支え合いながら
練習を詰んできた

そんな盟友とも呼べる存在になっていた
くみこと
再び、こんな形で相まみえることになるとは

それでも
同じクラブの仲間でも
たとえ、どんなに仲のいい
親友同士でも同じ土俵にあがれば敵同士
そんな
湘南クラブの歴代の先輩たちの教えが
ともよの脳裏に浮かんだときに

くみこの張り手がともよの顎に炸裂した


ともよもくみこの頬をはり
ともよとくみこは
互いに互いに張り手を胸やみぞおちや肩などに
打ち合った

レオタード着用の女子相撲と
裸に廻し1枚のママさん相撲のスタイルの違いとして
ママさん相撲の張り手の激しさが
挙げられるが

この発祥は
湘南相撲クラブで
元々ボクシングやK-1などに精通していた
富子達が
取り組みのなかで
多用することになったことから

全国のママさん相撲愛好者の女性たちに普及して行った
という経緯がある

ママさん相撲は
元々
国が少子化を抑制するための給付金政策で
専業主婦になった主婦たちの間で
YouTubeがきっかけでブームになり
それで
出生率があがるなどしたことに
国が目をつけ
奨励金のような
競技登録者の給付金割増
さらには
公式大会での優勝祝い金
はたまた取り組みごとの勝利者への報奨金
として
お金をだすようになり

その結果
特に格闘技好きの主婦の参加も増えてきた
という流れがあった

そして
張り手も様々に多用されるようになった


くみことともよの
熱を帯びた
張り手の欧州は

くみこがともよの腕を捕まえてから
収束し

廻しを掴み合いながらくみこがともよの胸に顔を埋めての押し合いに
移行し

くみこが右に左にぐねりこみながら
ともよを押し込み
ともよは意地で組み止め
住んでのところで隙をつき
投げを打とうとしたところで

くみこは踏ん張り持ち直し

再び
互いの頬に張り手を打ち合い
張り手を交わしあったあと

今度は
正面から
胸と胸を合わせる形での組み合いになった

そして
経験の差で僅かな隙を
ともよがものにし
くみこを
土俵に沈めた


敗れて崩れ落ちた
くみこをともよは
抱き上げて立ち上がらせ
そして
2人は
健闘を称え合うように
抱擁を交わし合い

土俵の左右に分かれて
例を交わしあった

そして
それらを見届けた
富子は
「それでは
日下さんはAチームに入ってもらいますので
青まわしに着替えてください
犬塚さんはふんどしに履き替えて
ほかのBチームメンバーと一緒に
これから
全国大会までの
サポートも含めてお願いします」
と述べたあと
口調を変え
息を飲んで
この死闘とも言える取り組み
「いい?
わかったでしょ
おなじ仲間内でも
親友同士でも土俵にあがれば
敵同士
どちらかが負け
どちらかが勝つの
そして
Aチームのあなたたち
うかうかしてたら
そのうち
Bチームの子達に
抜かれちゃうわよ
肝に銘じなさい


では
これから
青まわしのみんなは
記念撮影したあと
申しあいよ
これで
団体戦の使い方決めるからね」

そして
練習場の空気は
張り詰め

湘南クラブの
全国大会制覇をめざす道のりが
また始まった。

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