大ホールに作られた土俵
裸に廻し1枚のみを身につけた2人の女が対峙し
仕切り線に両拳をついて眼差しを合わせる
それぞれの子供たちから
声援の声が響き
その他の観衆や関係者は
取り組みを固唾をのんで見守る
ママさん相撲の全国大会の個人戦の決勝戦
土俵の向こう側で両拳を置くのは
米村みさこ
ゆみこと同じ
紺色の廻しを締め込む
福岡県の代表選手だ
午前の団体戦でも対戦があったが
数年ぶりの優勝の喜びをわかちあった同じ団体戦のチームメートのまみこを
破って勝ち上がってきた
ゆみこ自身
副将として臨んだ
午前の団体戦では
チームは勝ったが
午前の対戦では
敗れた
因縁の相手
午前の開会式の土俵入りでは
昨年の決勝で敗れたまみこの化粧まわし姿の華麗な四股を
弓取役として見守り
次はまみこに勝って自分が
あの土俵入りをやりたいと
密かな闘志を燃やしたが
そのまみこを破ったみさことの対戦となった
福岡や広島は気性の激しい気風が知られ
元は主婦たちの美容や健康目的で始まった
ママさん相撲に突き押し中心のスタイルを根津かせたのは
福岡、広島勢の全国大会での活躍からだった
また
国や自治体が
ママさん相撲等に興じる女性たちの出産率が高まったことに目をつけて
専業主婦になる女性に対する
それまでの仕事の平均月収と同額以上の給付金を出す政策への上乗せ給付で
競技参加手当や
優勝手当
特別出産手当
勝利手当等
様々な手当を
得られるようになり
より
お金を得るために勝利を強く求めて
ママさん相撲に参加する主婦が増えたことも相まって
その取り組み内容は
激しさを増していったという経緯がある
予想通り
みさこの張り手がゆみこの右頬にはいり
ゆみこもまたみさこの右頬に張り手を浴びせ
互いに頬を張り合う形で
取り組みに入り
その後も何発か
張り手を
打ち合った
その1張り1張りに
勝利への執念
愛する子供たちへの思い
母親としての執念
様々な感情が込められ
頬や胸や
溝落に炸裂する
レオタードを着てから廻しをつける
オリンピック競技にもなっている
女子相撲は
技とスピードを重んじる空気があるが
裸に廻しのみの姿で女たちがぶつかり合う
ママさん相撲に於いては
根性や気持ちのぶつかり合いが重んじられるきらいがある
そういう理由あって
ママさん相撲は
その激しさから打撃系格闘技
や
ビンタ相撲
と
評されることもある
そして取り組みは
張り合いから組み合う展開にもつれ込む
互いに両腰の廻しを掴みあって組み合った時
戦いで高調した肌と肌が合わさった時
ゆみこは不意に
相手の女の肢体から感じられる体温や匂いから
相手のみさこの母親としての
子供たちや家族を慈しむ暖かみ
女としての
生きる思いの強さを感じ取れた
組み合いながら
も
膠着した
互いに右に左にと身体を捻り込み
なげを打ち込む機会を探り合う
土俵を務めるということは
この土俵という自分の領土を守り
愛すべき自分の子供たちを守ることなのだと
ゆみこは取り組みへの気持ちを持ち直し
相手の前廻しと後廻しを掴み直し
廻しを切り
送り込みを試みるも
相手のみさこも寸でのところで体を切り返し
ゆみこの頬を張る
ゆみこも張り返し
しばらく
頬や肩などを
張り合ったところで
みさこの腰が浮いたところを
ゆみこは見逃さず押し出し
ゆみこは勝利を納め
悲願のママさん相撲横綱に輝いた
その優勝を決めた土俵でも
きちんと蹲踞し手刀を切って
主審から懸賞金袋を受け取る
この自分の土俵を守ったという
ご褒美を
子供たちにどう使おうかと
考える時
自分は大切なものを守れたんだという気持ちになって
この土俵に上がり始めたころのことをふと思い出すのだった。
そして
次の練習日
練習場所の海岸沿いの相撲場では
ゆみこが持ち帰る形になった
優勝トロフィーが飾られたのを見て
ゆみこは
優勝トロフィーを守れたことに安堵しつつも
再戦が叶わなかったまみこへの
より高まった
競争心も糧にして
まみこと
何番も練習を重ね
福岡、広島勢との
再びの対決に向け
更に力をつけるのだった
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